―――力なき少女は雪原に力尽きた―――
―――少女はこの場所で1度死に、彼女と出会う事で生き返った―――
―――名を失い、過去を消去された彼女は何処へと歩む?―――
―――それは確定させられた運命の行き先へと向う扉か―――
―――己の力で進まなければならない霧深き道か?―――
【自分自身の失われた“少女の記憶”】
ザ…ザザザ―――ザー―――…。
乱立する雑音――途切れ途切れに…記憶が消えていく。
――――ざ―――ザッザザ…。
――あぁ、私は、ここで死ぬんだ。
勝負を…生死を掛けたゲームに■■したから…■■したのに…。
死んで、何処とも知れぬ白い闇の中に消えるんだ。
――声が聞こえる……これがお迎えの……?
【視点…最初の発見者“留められた記憶”】
報告があったのはこの場所だ。
聖母領やアフリカ連邦の境目で、まったくの手付かずの何も無い雪原。
…なぜ、この件にAAAが駆り出されるのかが解らなかった。
“呪波領域”の発生…霊脈から外れた所でそれは起こっている。
原因も未知-unknown-なら領域内がどうなっているかさえも未知-unknown-。
だが、正式な依頼だ…こなさない訳には行かないだろう。
「――“聖母領”を差し置いて…か」
「どうかしましたか? 隊長」
「いや、なんでもない」
「そろそろ“高密度呪波領域”に入ります…“呪波汚染”に成ってなければ良いのですが」
「そうだな」
上空から見渡す吹雪いた雪原。
通常、こんな場所にヘリを向けるのは危険だとされているが、
己の持つ“異能の力”をほんの少し開放し纏わせるだけで解決できた。
まったく、便利な力を持ったとは思う…こんな時や“アヤカシ”を討つ時ぐらいしか使わないが…。
「――っつ」
恐らくは今“呪波領域”に入ったのだろう。
…確かに、強い力だ。
1つ間違えば……災害は免れんだろう。
報告書によれば、半径2kmがこの領域となったらしい…中心はすぐ近く…。
「なんだ、アレは」
「わ、解りません…恐らくは精霊の群れだと思いますが…」
中心に程近い場所で、無数の姿形の違う精霊が…何かを護る様にして動き回っていた。
「“灰羽”…か?」
「“守護獣”にしては多彩すぎます…」
極力刺激しないようにするのが得策だろう。
「100mほど手前に降ろせ、後は徒歩で中心に向かう」
「了解しました」
外は相変わらず吹雪いてる。
“青”の隊員をヘリに残し、何かあった場合に備えさせる。
向かうのは1人で十分だと判断したからだ。
……なぜか、この“精霊”と思わしき群れは危険なものでは無いと感じたから。
サク、サク…と、警戒しながら近づいていく。
“精霊”が私に気付く。
――間近で見れば…本当に多彩な“精霊”達。
これだけの精霊を従えさせる事の出来る存在(もの)に興味が湧いて来た。
…“精霊”は私を警戒するように周りに集まってきた。
中心まで残り30m――遠目からでもそこに何があるかが見えた。
誰かが倒れている。 人…人間か?
近づくにつれ、“精霊”はこちらを敵と認識したのだろう。
何匹かが襲い掛かってくる。
――銃弾は効くか? “Atonement”を構え――いや。
「警戒するのも解るが――私はこの場の中心に居る人物を助けに来た者だ、通してもらおうか」
武装を解除して抵抗の意思が無い事を示す。
言葉に…“力”を込めて。
意志は通じたのだろう、精霊達は道を開けた。
中心まで残り10m――倒れているのが――どうやら女性…少女だと解った。
中心に近づくにつれ、彼女の傍を片時も離れない“精霊”が此方を睨んだ。
「―――! な……」
威圧感に足が止まる。 アレは本当に精霊か?
睨んだだけで……私を止めた…?
「『―――貴様は…なんだ』」
…言葉を理解する知能はあるのか……。
「私はAAAのマリー・アルベール、この場の調査をする為に来た」
「『調査…か、確かに。 我々が居れば何かしらの影響も出よう…だが許されよ、これも主を生かす為』」
「主?」
倒れた少女を見る……雪原に倒れ、雪に埋もれている。
…介抱するならば、雪から出せばいいだろうに…?
「物理に干渉が出来ないのか?」
「『然り、故に主の生命に働きかけ、その身体の機能を一時的に上げている…が、それも長くは持たないだろう』」
「それは何故だ、お前ほどの存在ならば、たやすい事ではないのか?」
「『我らが存在する為に主の力を使っているからだ、矛盾した事だが…な』」
―――依代が無いと存在できない存在…“マヤカシ”の“分心/エニグマ”か?
「解った、その娘は私が保護しよう――任せてくれるか?」
「『――汝は信頼に足る者か?』」
「どうすれば信用してくれるんだ?」
「『我らを、祓え。 そうすれば、主にも触れられよう』」
消える事が恐ろしく無い?
根本で繋がっている“分心/エニグマ”ではないのか?
「『どうした、それだけの力が無いのか?』」
「解った、見せてやろう」
目を、閉じる。
イメージするのは解放された“熱”の力。
魔力、霊力…呼び名は色々あるが…ようは異能力だ。
精神力で上下する威力だが――最大に解放すれば霊症を祓う事など容易い。
目を、見開く。
“熱”の力が物理の法を無視して伝播する。
爆発的に広がる“熱”は吹雪を溶かし、周りの雪を溶かし――半径2kmの“呪波領域”を消し飛ばした。
そして、気付いた時には“精霊”の群れは消え……少女の傍に居た“天使”も消えていた。
そっと、近づいて―――。
「…なんだ、この珠は?」
無数……それが沢山あって、こちらに数える気が無いならそれは無数と言って良いだろう……の球が転がっていた。
1つを手に取り、覗き込んでみる……と、中には先ほどの“精霊”の内の1匹が居た。
――なんだ、これは。 まさか、ここに転がっている珠全てに“精霊”が?
「…究明は後だな、さて……生きているか?」
しゃがみ込み、脈を診る。 動いている…IANUSは…ある…結線し、電脳の状態を見る…正常。
収まっているはずの身分を検索――-unknown-――?
真っ白だと? 記録は…無い、必要最低限の事意外の自分自身の全てが抹消されてる?
どんな悪戯だ?
「まったく、この娘まで未知-unknown-か…冗談が過ぎる」
吹雪いてもきた、これ以上ここに居るとまずいだろう。
ヘリを呼ぶ……仕事も完遂した。
「あとは…帰るだけ、か」
私は少女を抱き上げると、此方に向かってくるヘリを見て呟いた。
珠の回収は隊員にやらせれば良いだろう。
【視点・名も無き少女“始まりの記憶”】
意識が浮上する。 驚くほど透明な心で。
――電子音交じりの交信と…会話が聞こえる。
意識をそちらに傾ける――。
―――『アンノウンが目覚めました』
―――『解った、すぐ行こう』
アンノウン? 未知? 何が、誰が?
手に何かを持っている感触があった。
無意識に…その珠にあった突起を押す。
―――“message.周りのトロン及び電脳からデータを引き出しますか?”
電脳内に声が聞こえてきた…もちろん、YES――。
―――“アンノウン、AAAの隊長“マリー・アルベール”に保護された少女”
ホロが添付された情報が届く。
―――“現在、アイゼン・ヌルの医療室にて意識の回復を待っている”
―――“今しがた、意識が戻ったと記録にはあります”
有難う…そうだ、ここは何処?
―――“アイゼン・ヌルの医療室です”
映像を。
―――“了解しました”
脳裏に監視カメラや…医師であろう人達の目を盗んだ映像が浮かぶ。
“アンノウン”と呼ばれているであろう少女は目を閉じて…何か珠を片手に握り締めている。
…珠? 私が持っている…?
軽く、手を握る。 映像の中の少女の手も握られた。
わ…たし?
コツ、コツ、と言う足音を…聴覚とマイクが拾う。
自然、カメラをそちらに向ける。
医師達の目は自分の意思でそっちに向いてくれたから動かす必要も無くなった。
目を、奪われた。
金糸のような髪、意志の強さをあらわす様な瞳、整った顔立ち…そして、全身から溢れ出る“カリスマ”性に。
「『…目を閉じたままだが?』」
「『脳波は覚醒状態を示しています』」
「すると…狸寝入りか」
2重3重に拾ってくる音声を己の聴覚のみに絞る。
「――起きろ、目は覚めているんだろう?」
私の傍らに…彼女が…“マリー・アルベール”であろう女性が座る。
「『…………あ…』」
「…!? リンクスに介入しただと?」
「!? あ、ご、ごめんなさい…お姉さま」
「私はお前の姉になった覚えは無いが」
「…あ、す、すみません…えっと…」
「マリー・アルベール」
「マリー…さん」
「さて、質問だが…何故あの場所に倒れていた?」
倒れていた? 何処に? 何処で…私が?
―――“message.マスターはとある国家間の境目の雪原で倒れていた所を救助された模様”
何で?
―――“解りません、データが在りません”
「わ、解りません。 気付いたらここに居たし……」
「次の質問だ、お前の名前は?」
「な…まえ?」
何も、出ない。 そう、何も――自分の名前、自分の過去、自分の身分、自分の記憶…一切が出てこない。
完全な白、白紙、消去――。
「やはり…か」
身体が震える、凍えそうだ、もう心は凍えてる…怖い恐い怖いコワイコワイこわい――コわい…こワい…。
恐ろしい、見えるもの、感じる空気、視線―――。
助けて、たすけてタスケテタスケて……怖い恐い、やだよ…ヤダヨ…!
身体を、抱く、殻に閉じこもるように――何も感じ―――。
―――次の瞬間、ふわり、と、自分の頭に何か温かいものが置かれた。
「!!?」
心臓が止まりそうになった。
これほど温かいものがこの世にあったのか――と、そして…。
目の前の女性が――マリー・アルベールが…困ったような表情で…私の頭を撫でている事に…驚いた。
「何を呆けている?」
「あ…え…と…」
「こうすれば、大抵の人間は落ち着くものだと何かで読んだ。 どうだ? 落ち着いたか?」
――不思議だった、まるで魔法にでもかかったように私の恐怖心は消えていた。
今は、彼女の手のぬくもりが…私のすべてだった。
私は、小さく頷く。
「落ち着いたのならば良い。 話を続けよう」
「で、でも、私、何も解らないし知らない…」
「それは今から作っていけばいい。 お前の過去が無い事は此方も知っている、だがそれは振り返る理由が無いと言う事だ、未来(さき)は何処までも続いている。 振り返る理由が無いなら前を向いて歩け、自分と言う存在を未知-unknown-のまま終わらせるな」
「――」
驚いた、こんなに話す人だとは思わなかったから。
嬉しかった、何にも無い私にこれだけの言葉を投げかけてくれる事が。
「今から自分を知って、これからを既知-known-にしろ。 これは…AAAの隊長である私のお前に与える最初の命令だ」
「……?」
「何の事か解らないって言った顔だな……ん…名が無いのは不便か」
「なまえ……」
「自分で名づけると良い、ソレが第1歩だ」
名前、自分の――名。
今、彼女が言った言葉――…あ、あぁ…私の名前は――。
「ノウン。 私の名前は、ノウンです…マリー…お姉さま」
お姉さまの驚いた顔、そしてやれやれと呆れたような表情。
「ならばノウン、今此処で選択をしてもらう――」
間を置いて、お姉さまはこう言った。
「私か、金か、憎悪か。どうしても駄目なら、人間の正義。この何れかに忠誠を誓え。 そうすれば、我々は君を受け入れる」
私にその問いが浸透する時間を取り…お姉さまは口を開く。
「答えを、聞こうか」
私の――答えは…たった一つに決まっていた。
【報告・ノウンと成った少女の記録】
決意表明の後、私自身の体力の回復を待ってAAAの隊員に成る為の訓練を受ける事になった。
――もっとも、私は先のやり取りの後に安心しきって眠ってしまったので、それは目が覚めた時に聞いたんだけども…。
次に目が覚めたとき、私の持ち物だと言われ沢山の珠を渡された。
握っていた珠と同じような珠。 違うのは中に入ってるキャラクターと言えば良いのだろうか?
疑問に思って検索してみたら“パケットモンスター”と言う玩具だと解った。
…これで遊んでいたのだろうか?
ランダムで出てくる“パケモン”を集めてパケモンバトルだ! と言うキャッチフレーズの広告がネットの海に落ちていた。
今現在でもそこそこの人気があるらしく、新しいエキスパンションが出れば初版や2版は売り切れる程らしい。
――ランダム、なのだろうか?
何故か、そう思った。 望めば、好きなパケモンが出せるのではないか? と。
身体は自然と動き、検索した中で一番綺麗なパケモンを出そうと突起を押した。
ポン! と言う音と共に現れる――3対の翼を持った天使…。
「で…出来た…?」
「『―――主、お久しぶりでございます』」
しゃ、喋った!?
「『主…記憶を無くされたのですね』」
「――」
「『なるほど、驚いているのはそのせいですか…解りました、私が主の力のご説明をしましょう』」
な、あ…話の早いパケモン…だなぁ…。
それから約1週間、私は訓練に明け暮れた。
AAAの基本的な行動指針から、戦闘訓練、一般教養まで多岐にわたって詰め込むように。
幸いと言っていいのか、私には“電脳操作”との相性が良かった為、大幅に短縮できた。
中でも突出したのが“電脳破壊”と“精神破壊”“情報収集”――特異な事に“パケモン”を媒介としたそれらが異様なほど上手いらしい。
これで、お姉さまの役に立てる――そう思った矢先の事だった。
[着信在り]と言うセレクタリのメッセージを――無意識にウィルス等々のチェックをして開く。
送信者は“お姉さま”。
文章は―――[与えたい任務がある、執務室に来い]と言う簡素な物だった。
パジャマから着替え、身形を整える。
WIZ-V(ヘッドセットカスタム)を装備してIANUSに直結する。
準備は出来た、さて――“心淵遭遇(エンカウント・ミスト)”ノウン――初任務に行きましょうか。
To be continued …NEXT “MA:夜明け前”
noted by orieru